SBIホールディングス株式会社 代表取締役 執行役員社長 北尾 吉孝

“志”で投資先を選ぶ、業界の重鎮が語る起業家論

理念なきベンチャーは去れ

SBIホールディングス株式会社 代表取締役 執行役員社長 北尾 吉孝

ベンチャー企業が成長を遂げるには、なによりも高い理念を掲げること――。北尾氏は、そう説き続けている。野村證券で活躍した後、孫正義氏の軍師としてソフトバンクグループの急成長に貢献。そしていま、グローバルな総合金融グループとして、売上高1450億円を超えるまでに成長したSBIグループを率いる。ベンチャーキャピタル(以下、VC)事業も展開し、多くのベンチャー企業を支援してきた同氏に、理念や志の大切さ、起業家に求められる資質を聞いた。
※下記はベンチャー通信52号(2013年5月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
―VCの投資先選びでは、市場の成長性やビジネスモデルの優秀性が重要視されると思います。しかし、北尾さんは起業家に志があるかを最優先しているそうですね。それはなぜですか。
北尾:ベンチャーを成功させる、いちばん大事な要素だからです。志を最重要視して選んだ結果、グループのVC部門、SBIインベストメントの投資先は高い確率で成功しています。多くの日本のVCでは、投資先のうち、株式公開や事業売却などの形で成果が出たベンチャー企業の割合は数%にとどまる。私たちの場合、2000年からの実績は19%に達しています。

―なぜ起業家の志がベンチャーの成功につながるのでしょう。

北尾:仲間を集められるからです。論語に「徳は孤ならず必ず隣有り」とあります。徳の高い人は孤独になることはない。必ず、同じように徳の高い人が周りに集まってくるものだ、という意味です。起業家が志をもっていれば、それに共感する人材が集まるのです。どれほど優秀な人でも、ひとりでは大きな事業を興せない。多くの人が力をあわせて、補いあって、はじめて大きな事業が築けるのです。たとえば、世界的な鉄鋼会社を築き上げたアンドリュー・カーネギーのお墓には、「自分より優秀な者を集めし男ここに眠る」という主旨の言葉が書いてあるそうです。志をもつ起業家のもとには、優秀な補佐役など、自分の足りないところを補ってくれる人材が集まるのです。

― 「自分の地位が危うくなる」と、優秀な補佐役の存在を嫌がる経営者もいます

北尾:それではダメです。俺はとにかく社長になりたいとか、日本で一番の大金持ちになりたいとか。私利私欲のためにこうしたいというのを「野心」といいます。野心は共感を集めないし、その人が亡くなれば終わります。これに対して、世のため人のためにこうしたいという利他的な想いが「志」。これは、共感を集めるうえに、その人が亡くなっても、志を受け継いでくれる人があらわれる。一代で終わりません。志を同じくする人たちが集まって組織になったとき、起業家個人の志だったものが、「経営理念」に発展するのです。これは、経営者が変わっても不変のもの。企業の存在意義を社内外に宣言するものです。英語では、ミッションステートメント。これが企業を成長させる原動力になるのです。

―どうしてですか。

北尾:経営理念を掲げることで、社員に熱意をもって働くようにうながし、ひとつのベクトルに向かって進んでいくように団結させることができるからです。社員にとっての経営理念とは、その会社で働く意義をあらわすもの。仕事や会社に対して抱く夢やロマンが理念に表現されているのです。企業が高い理念を掲げれば、それに共感する優秀な人材が入社します。そして、その理想をともに実現するべく、熱意をもって働く。全員が同志なので一致団結できる。だから、成長していくのです。

―具体例を教えてください。

北尾:私たちSBIグループ自身がそうでした。経営者としてのいちばん大切な職務は経営理念を社員に伝えることだと考え、実行してきました。設立当初、社員数が少なかったときは、全員に直接話して伝えた。2年目に100名を超えてからは、それぞれの部署のリーダーを集めて話をして、そこから全社員へと伝わるようにしていました。でも、設立から5年後、800名を超えると、口頭だけで伝えるには限界がある。そこで、私の志を記した著書を読んでもらうことにしました。社外に対しても、著書によって私の思想や経営哲学を発信できる。実際、本を読んで共感し、大企業を辞めて転職してきた社員が大勢います。そうやって理念を浸透させていますから、4000人を超える規模になった今でも、全員が同志なんです。設立7年目の2006年3月期には売上高が1000億円を突破。急成長を遂げることができたのは、理念のもとに社員が一致団結し、熱意をもって働いているからです。

―御社では「経営理念」と「ビジョン」を異なるものと定義していますね。

北尾:本来、違うものだからです。長期的で普遍的な企業の目的が「理念」。SBIグループでいえば、「金融事業におけるイノベーターになる」。あるいは「ニューインダストリーのクリエイターになる」などが相当します。理念にもとづいて、その時々の経済環境にあわせて策定される企業の目標が「ビジョン」。5年間ぐらいの中期的な目標として、特定の部門の売上をアップさせるといったもの。夢やロマン、価値判断が入らない目標のことです。おおもとに起業家個人の「志」があって、それに共感する同志が集まって組織になる。志を組織の存在意義に昇華させたものが「経営理念」。それをもとに立てる中期的な目標が「ビジョン」。こんな風に考えればいいと思います。

“志”で投資先を選ぶ、業界の重鎮が語る起業家論

理念なきベンチャーは去れ

SBIホールディングス株式会社 代表取締役 執行役員社長 北尾 吉孝

※下記はベンチャー通信52号(2013年5月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

―投資先を選ぶ際に、起業家に志があるかどうか、どのように見抜いているのですか。

北尾:面談の場で見定めています。挨拶からはじまって、出ていくまでの立ち居振る舞いやしぐさ。表情や言葉の端々。そういうところに現れてくる“人間の器”を見ています。企業対企業の真剣勝負の場では、とりつくろったり、カッコつけたりできません。だから、隠そうとしても隠しきることができないものです。

―これまで会ったなかで、高い志をもっていると感じた経営者を挙げてください。

北尾:ご存命の方では稲盛和夫さんですね。日本の誇るべき経営者を3人挙げろと言われれば、絶対に入る人物です。京セラを立ち上げただけでも偉大ですが、三田工業(現:京セラドキュメントソリューションズ)や日本航空の再生を手がけたり、第二電電(現:KDDI)を設立してNTTによる独占を突き崩したり。社会への貢献度が非常に高い仕事をされています。経営を離れたところでも、「盛和塾」という経営塾で後進の起業家を育成。京都商工会議所で地域振興に取り組まれるなど、ご立派な活動をされています。

他には、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊さん。そのもとでコンビニエンスストア事業を立ち上げられた鈴木敏文さんのお二人もご立派だと思います。米国でセブン‐イレブンの店舗を見て、これは日本でも流行すると見抜き、工夫をこらして日本に定着させたのは鈴木さん。そして、その鈴木さんにコンビニエンスストア事業の一切を任せたのが伊藤さん。このお二人が世界に冠たる日本のコンビニ文化を築いたといっていいでしょう。どれほど生活が便利になったか、計り知れません。

―若い世代の経営者では、誰が挙げられますか。

北尾:孫さんや三木谷さんでしょう。もっとも、ある程度の事業を立ち上げられる人はたくさんいます。問題は、松下幸之助さんや稲盛和夫さんのような人間がなかなか出てこないことです。最近の若い起業家は、昔よりも人間のスケールが小さくなったと感じています。憂うべきことです。

―原因はなんでしょうか。

北尾:苦労が足りない。いまの若い人は、親に守られ、社会に守られて、食うに困らない。そこまでいかなくても、ギリギリのところまで追い込まれる経験がほとんどない。大きな志をもち、その志を遂げようと思うなら、私利私欲を捨て、ひたすら努力しなければいけない。そのためには自分を律する気持ちが必要。でも、苦しい状況に追い込まれた経験がないと、自己を律する精神力が鍛えられない。

私が以前勤めていた野村證券にまつわるエピソードを紹介しましょう。敗戦直後の困難な時期に45歳の若さで社長を務め、「野村中興の祖」といわれた奥村綱雄さん。彼が「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門さんから「落第、大失恋、刑務所入り。全部やったことがあるか」と聞かれたそうです。「落第も失恋もあるが、刑務所に入れられたことはない」と答えると、「まだ若い。勉強が足りない」と。松永さんは全部経験されたそうです。刑務所に入ること自体がいいわけではありませんが、苦しい状況を数多く経験するなかで人間が磨かれ、大経営者になれたのです。厳しいしつけをしない、いまの教育制度や家庭にも問題がある。上司に怒られたら会社に行くのが嫌になって辞めてしまう。そんな人が多い。周囲がそういう人ばかりだと、自分も染まってしまいがちです。

―そのなかで高い志をもとうとしたら、どんな努力が必要ですか。

北尾:古典を読めばいいと思います。たとえば「論語」。古くから読み継がれてきた書の内容は深いものだから、中学生で読んだとき、大学生で読んだとき、そして社会人になって読んだとき。すべて違った学びがあるんです。そういう風に人生で何度も繰り返して読める良書を徹底的に読むことです。本来なら、「この人は立派だ」と思うような人を見つけ、その人に師事して、生き方を徹底的にまねるといいんです。でも、生きている人で思い当たる人がいないことも多いでしょう。だから、書物のなかでいろいろな先賢に接すればいいんです。本を読んで、その著者に師事するということです。

そのためには「全集」を読むこと。一冊二冊読んで、わかった気になっていてはダメ。私は安岡正篤先生の書をすべて読みました。また、哲学者の森信三先生を尊敬しているので、全集25巻・続編8巻を読破しました。ひとりの人間の思索の遍歴をたどることによって、その人が読んだ本のエッセンスなど、多くのことを吸収できる。それを何度もやってはじめて、自分になにかひとつ精神的な基盤ができてくる。そうすれば自ずと、高い志をもつようになっていきます。

―江戸時代は、寺子屋で子どもに「論語」を読ませていました。

北尾:そうです。「読み・書き・そろばん」を多くの子どもが寺子屋で習った結果、江戸時代の日本の識字率は世界的にも非常に高かった。それも、中国の古典を教養の根幹として学ばせた。だから、精神的基盤がしっかりできていた。そして、ほとんど血を流すことなく、長く続いた徳川幕藩体制を倒し、明治維新を実現した。これは、日本人の教養の高さによって達成できたことです。吉田松陰や高杉晋作、坂本竜馬といった一握りの英雄が偉かったわけではない。日本人全体のレベルが高かったのです。いまの若い人たちも、古典を読み、精神的な基盤をしっかり築くことで、同じことができるはず。世のため人のためという志をもち、日本を変え、世界を変えていってほしいと思います。
  • PROFILE プロフィール
    北尾 吉孝(きたお よしたか)プロフィール
    1951年、兵庫県生まれ。1974年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。1978年に英ケンブリッジ大学経済学部を卒業。企業のM&Aや株式公開などに腕をふるう。1995年、ソフトバンク株式会社に常務取締役として入社し、孫正義社長の片腕としてソフトバンクグループの急成長を支える。1999年にソフトバンク・インベストメント株式会社(現・SBIホールディングス株式会社)の設立とともに代表取締役社長に就任。2000年にナスダック・ジャパン、2002年に東証一部に株式上場。2006年にソフトバンクとの資本関係を解消。現在までに、同社を日本の代表的な金融グループへと成長させている。
    企業情報
    資本金816億6,700万円
    売上高1,450億7,400万円(2012年3月期:連結)
    従業員数4,765名(2012年12月末現在:連結)
    事業内容株式などの保有を通じた企業グループの統括・運営など
    URLhttp://www.sbigroup.co.jp/
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