マネックスグループ株式会社 代表執行役社長 CEO 松本 大

ベンチャー起業家の先達が語る「激動の時代の経営論」

変化の激しい今こそ人に先んじるスピードが重要だ

マネックスグループ株式会社 代表執行役社長 CEO 松本 大

2年ぶりにIPO社数が増加に転じた2017年。「新しいビジネスで着実に結果を出すベンチャー企業が増え、市場を牽引している」。こう語るのは、IPO支援で多くの実績があるマネックスグループ代表、松本氏だ。自身もオンライン証券という新しいビジネスモデルを創造し、マネックス証券にくわえ、アメリカ、香港、オーストラリアにグループ会社を持つ国際金融会社に育て上げた起業家である。第4次産業革命とも称される今、成長ベンチャーはいかに生き抜くべきか。同氏に聞いた。
※下記はベンチャー通信71号(2018年4月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

成功体験がないからこそ最初から世界をめざせる

―2017年のIPO社数は2年ぶりの増加に転じました。市場をどのように分析していますか。

 株式市場の強さということはあるでしょう。バブル崩壊直後の1991年以来の高値を記録する局面もありました。さらに、数年来のアベノミクスによる景気回復を受けて、投資家がリスクを取る力も強くなっている。そういった市場環境要因は大きいでしょう。

 そのなかで注目しているのは、Fintech(フィンテック)やAI、IoTといった新しいテクノロジー分野から有望企業が台頭し、「実績」を出し始めていることです。ベンチャー企業によって新しい価値が創造される例が着実に増えることで、ベンチャー企業投資に対する安心感が高まっていることは無視できません。

―台頭しているベンチャー企業に特徴はありますか。

 事業展開の最初からグローバル市場を意識していることです。かつては、「まずは日本市場で勝ち抜くこと。その先にグローバル展開」という発想でした。しかし、最近は「せっかく事業を興すなら、最初から世界を対象にした方がいい」という発想を当然のように持つベンチャー企業経営者が増えてきたと感じています。

―その理由はなんでしょう。

 おそらく、今の若い経営者には、われわれの世代が持つ「強烈な成功体験」がないことが理由でしょう。かつて日本は、世界のGDPの10%、株式時価総額で世界全体の25%を一国で稼ぎ出していた時代がありました。そんな時代は日本市場で勝ち抜くことが、すなわち「成功」と言えました。バブル崩壊後もそうした成功体験を引きずったまま変われずに長く「失われた時代」を生きてきました。

 それに対し、今台頭しているベンチャー企業の経営者たちは、そうした成功体験をそもそも知らない世代です。今の40歳といえば、バブル崩壊時は小学生ですから、日本市場での成功に大きな価値を見いだすことはありません。

一日の変化量が大きい時代わずかな遅れが大きな差を生む

―強烈な成功体験の記憶がないことは、逆に良いことだと。

 ええ。今のように世の中の変化が激しい時代には、過去の成功体験は邪魔でしかありません。成功体験によって、変化への対応が遅れてしまいますから。若い世代の経営者が優れている点があるとすれば、それは激しい環境変化に対する適応力です。

―「第4次産業革命」とも呼ばれ、技術の変化が激しい今は、起業家にとってはチャンスですか。

 これをチャンスにするかピンチにするかは、経営者次第です。市場が凪いでいる時とは違い、変化が激しく経済が強いこの時期は、一日一日の状況の変化量が大きいです。わずかな遅れが、のちのち大きな差を生み出すのが今です。人より先に事業を立ち上げ、人より先にマーケットを取りにいき、人より先にIPOをはたして資金を調達する。その資金で、さらに技術革新を興し、さらに先のマーケットを取りにいく。

 好景気の時に攻め、次のステージへと成長できていれば、マーケットが弱くなったとしても、生き延びることができる。逆に、そこで出遅れると、マーケットが悪化した時にのみ込まれてしまいます。致命的な差を生みかねない。人に先んじる「スピード」はそれ自体、大きな価値になります。

停滞への危機感が生み出した「第二の創業」

―松本さんは最近、決算発表の場で「第二の創業を興す」と宣言し、マネックス証券の社長復帰も発表しました。その理由を聞かせてください。

 変化の大きな時期にあってこそ、変化に対応し変化よりも速く走らなければならないと危機感を抱いたからです。

 歴史をひもとけば、何十年かの平穏な時代があった後に、数年間の激動の時代が来て、次の時代の枠組みが一気につくられる、その繰り返しです。金融の世界でも、仮想通貨の登場で市場の様相はこの1~2年で一気に変わろうとしています。それに対して、当社は設立19年目を迎え、組織も大きくなりました。同時に、中にいる人材も年を重ね、変化への適応力も徐々に失われつつあり、これではいけないと考えました。

 振り返ると、起業というプロセスは、ある種の異常な集中力とアドレナリンが求められる時代でした。今こそ、もういちどスタートアップの時代に戻ったつもりで、あの時の異常な集中力を発揮する時期だと思ったのです。

脳も筋肉も同じトレーニングで性能は高まる

―変化の激しい時代に若者はどのように生きるべきですか。

 無理をしてでも、走るしかありません。結局、脳も筋肉と一緒なのです。脳も筋肉も、英語で「プラスティック」と表現されることがあります。それは、可塑性があるという意味です。つまり、外から力をくわえて変形させると、その力を取り去っても変化が残る能力のことです。筋肉については、理解できます。トレーニングをすれば、筋肉は鍛えられ大きくなる。地道なトレーニングなく、筋肉が発達したり、その筋肉を使うスポーツで試合に勝てると思う人はいません。

 しかし、脳については筋肉のように理解されていない。普段のトレーニングを意識せず、「ふっとした瞬間に❝思いつき❞や❝ひらめき❞が湧いてくる」と期待しがちなのです。そんなことはありません。脳も日頃から鍛えて、試行錯誤を繰り返してトレーニングしなければ、性能は高まらない。「仕事で成果をあげたい」と思うならば、人より多くトレーニングするしかない。すごく単純な話なのです。仕事はセンスの勝負ではない。そこを勘違いしている人がじつに多い。ワーク・ライフ・バランスは大事ですが、私は仕事量が減ると不安になります。練習量が減ると不安になるスポーツ選手と同じようなものです。

―若いうちから脳を鍛えるような経験を積むべきだと。

 そうです。若いうちから脳を鍛えておくべき理由はふたつあります。ひとつは、若いうちから脳を鍛えるようなハードワークのクセを身につけておくと、年をとってからも、それができるようになる。逆に、年を重ねてから始めようと思ってもできないのです。若いうちから習慣づけておくことが重要です。

 もうひとつは、若いうちからやっていれば、周囲との差が大きくなること。若い時には、仕事にも人生にも迷っている人が多いですから、いちど小さな差がつくと、周囲は「こいつは能力がある」と評価してくれるので、次の成長ステージが用意されていく。どんどん良いサイクルに入っていきます。

 しかし、本当は能力に大きな差なんてない。能力は同じでも、見えないところでトレーニングしているだけなのです。

―最後に、起業やベンチャー企業への就職を考える若者にメッセージをお願いします。

 若いうちに全力で仕事に向き合う経験をしてください。そのことで、後の人生のペイオフ、すなわち配当は大きなものになる。私も新卒のころは働きまくった。もっとも、いまは人生100年時代なので、寿命とともに「若い時代」も延びている。20代半ばまで迷って、そこから全力で頑張ったとしても、きっとまだ間に合います。
PROFILE プロフィール
松本 大(まつもと おおき)プロフィール
1963年、埼玉県生まれ。1987年に東京大学法学部を卒業後、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社(現:シティグループ証券株式会社)に入社。1990年にゴールドマン・サックス証券株式会社に転職し、1994年には同社史上の最年少でゼネラル・パートナーに就任する。1999年に株式会社マネックスを設立。オンライン証券サービスの草分けとして支持を集め、設立からわずか2年の2000年8月に東証マザーズに上場。2005年に東証一部上場。2008年にマネックスグループ株式会社に社名変更。MONEYのYをアルファベット順で1文字前のXに置き換えた社名には、「未来の金融サービスをつくる」という意思が込められている。
企業情報
設立 2004年8月
資本金 103億円
売上高 458億3,100万円(2017年3月期)
従業員数 830名(2017年3月31日現在)
事業内容 金融商品取引業等を営む会社の株式の保有
URL http://www.monexgroup.jp/

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